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バリ人のお葬式







葬式      UPACARA NGABEN
ヒンドゥー教には「 輪廻改正 」という思想があります。「人間は死ねば必ず生まれ変わる」という思想です。バリヒンドゥーにとっては、人間の死を扱う葬儀は最も大切な儀式のひとつとなっており、同時に喜ばしい儀式でもあるのでバリでは、誰もが、できるだけ派手で賑やかな葬儀を望みます。
バリヒンドゥーの葬式は日本人と同じく、火葬です。火葬のことをバリ語で「ガベン」あるいは「ンガブイン」といいますが、「灰にする」という意味です。
風葬や土葬にせず、火葬にすることにはヒンドゥーとしての格別な意味があり、人の魂は本来は美しく清らかですが、この世に生きるあいだに、汚れたもの、不潔なものにまみれてしまいます。そういう汚いものを魂から取り除いて、魂が元々持っていた美しさと清らかさを回復するための手段が火葬です。実際の葬儀の規模やありかたは、遺族の経済力と社会的地位によっても、また、住んでいる地域によっても、様々に違います。バリ人の葬儀が日本人と違うところは、火葬のあと、骨を海に流す点です。そして、個々に墓を作らない点です。海が近くにない場合には、海に繋がっている川に流します。日本では「土に戻す」という考えがありますが、バリヒンドゥーでは「自然に返す」という考えに則って葬儀を行います。つまり、人間の体は燃やしてしまえば、土とか気体といった自然に戻ってしまうという考えで、言葉を換えれば「宇宙の根源からきたものは、その根源に戻してやる」ということになります。そして、最後に、残った灰を水に流すことで、葬儀を締め括るのです。水に流すことで一切を消してしまうと言う考えです。

人が死ぬと、まず、「バンジャール」という、その地域の自治組織に報告し、葬儀を行なうための協力を要請します。葬儀の規模や、やりかたについても希望を伝えます。葬儀にかかる一切の費用は、遺族が負担します。バンジャールというのは、バリ人なら、誰もが会員になっている生活共同体のようなものです。次に、太陰暦をみて葬儀にふさわしい日をチェックし、場合によっては、一か月も二か月も葬式にふさわしい日が連続してないときもあります。そのようなときには、遺体をいったん共同墓に埋めて、その日を待つ地方と、ホルマリン注射を遺体に打って腐敗を防ぎつつ待つ地方とがあります。葬儀の日が近づいてくると、バンジャールの会員がこぞって協力します。具体的には、遺体を包むための茣蓙のようなものを用意し、カーストの階級に従って木のハリボテを作ります。ハリボテは遺体を入れて焼くためのもので、いわば棺桶です。バリヒンドゥーでは焼くときになって、はじめて遺体を入れます。ハリボテにはドラゴン、魚、牛などがありますが、いちばん多く使われるのは牛です。背中の部分に遺体をひとつ収容できるほどの穴をあけ、蓋ができるように作ります。次に「ワダ」と呼ばれる背の高いタワーようなものを作ります。日本で祭のときに使う山車に、よく似ていると聞いたことがあります。この「ワダ」は、遺体を火葬場まで運ぶためのものです。葬式の当日になりますと、バンジャールの会員はもちろん、友人のほか、鐘や太鼓を叩く楽隊、清めのために槍をもって踊る人たち、ハリボテとワダをかつぐ人などが大挙して集まります。ハリボテにも、ワダにも、人が肩でかつぎやすいように、竹の棒を何本もくくりつけます。大きな葬式になりますと、500人から、1000人という数の人が参加します。そして、遺族の家から火葬場まで、ハリボテとワダの前後について、ぞろぞろと歩きます。行列は、ときに、1キロにも及び、交通は行列が通過するまで一時遮断されます。バリでは、規模にかかわりなく、葬式には敬意が払われます。一般的には、清めの踊りをする「トゥンバ」と呼ばれるグループが先頭を切りそのあとに、おそないを持った人、古銭や米を撒く人、そしてハリボテと続きます。古銭や米を撒く意味は、故人があの世で困らないようにとの配慮です。 ハリボテは30人くらいの若い男にかつがれます。ハリボテの背中には男が一人乗り、ハリボテをかつぐ男たちには、あちこちで水が浴びせられ、丁字路や十字路にぶつかるたびに、激しい勢いで、三回ずつ左旋回します。三回まわることには、意味があります。バリヒンドゥーでは、世界はみっつの世界に分かれているといいます。ひとつは、わたしたちが生きている世界、ひとつは悪霊の世界、ひとつは神々の世界で、それぞれの世界に敬意を払うことによって、天国への道をまっすぐ、迷わずに行って欲しいという願いがこめられます。ハリボテのあとに、ガムランをはじめとする鐘と太鼓の行列が続き、そのあとに遺族、そして、そのあとが遺体を載せたワダです。ワダも30人くらいの男たちにかつがれますが、こちらは静々と歩きます。経済力のある人なら、このワダにいちばん金をかけます。
ワダのあとに続くのは、一般の人々です。友達、知己、バジャールの会員である地域住民などです。火葬場に到着しますと、茣蓙に包まれた遺体をワダからハリボテに移します。ハリボテにはバナナの木で添え木をして、燃えている最中に崩れないようにします。バナナの木には多量の水分が含まれていますから、決して燃えません。お経が終わると、いよいよ火を入れます。火力を強めるために、バーナーを使うこともあります。このとき、ワダも焼いてしまいます。遺体が焼けるまで、遺族は友人知人と一緒に待ちます。ヒンドゥーでは、遺体のぞばで泣くことは許されません。故人の門出を邪魔することになるからです。バリヒンドゥーの葬式は、故人にとって、いわば「晴れの日」です。日本の葬式のような厳粛で、悲しみに満ちた雰囲気はまったくありません。お金がなかったり、暦が許さなかったりして、土に埋めておいたときは、たいていの場合、遺体を堀起こすようなことはしません。遺体を埋めたところの土を拾ってきて、それは布で包んでハリボテのなかに入れて燃やします。ハリボテを作るお金がない人は、布に土を包んで、そのまま焼きます。 また、土に埋めた遺体を必ず堀出して、ハリボテに入れる地域も一部あります。また、姻戚関係にある人同士ならば、ひとつのハリボテに複数の遺体を入れて焼くこともあります。古い遺体も新しい遺体も一緒に収容して焼いてしまうのです。 遺体を焼いた場合には、火葬のあと骨と灰を拾います。土だけ焼いた場合には、焼けた土を拾います。複数の遺体をひとつのハリボテで焼いた場合には、灰と骨を適当に拾います。しかし、焼いたあと、土にしろ、骨にしろ、灰にしろ、ココナツヤシの完熟した黄色い実のなかに入れるという点は、どの場合にも共通しています。そして、さらに、おそないものと古銭を添えて、海か川に運びます。
ニュピ(Nyepi)
静寂の日
ニュピ NYEPI 
ニュピというのは、ヒンドゥーでは新年、年があらたまる日です。ヒンドゥー教徒にとってはもっとも大切な日となります。インドネシアの国民の祝日にもなっています。「ニュピの日」というのは『静寂の日』という意味で、なにもしないで、静かにしていなければなりません。また、バリ島を隅々まで清める日でもあります。ヒンドゥーでは、なにをするにも、暦は太陰暦をつかいます。そして、ニュピの日は必ず新月にあたります。新月というのは満月と反対ですから、その日の夜、月はまったく顔をだしません。夜は真っ暗闇となり、ニュピの日に新月の日が選ばれているのは偶然ではなく、暗闇の夜こそが、『静寂の日』にふさわしいからです。
バリ人は太陰暦を使うので、ニュピは年によって、日が違います。だいたい、毎年三月になります。ニュピの二日前になりますと、ふだんは寺院におさめられているバロンやみこしなどが運び出され、若い男たちが、それをかついで、近くの海や川までもって行き、そこで、おそなえをし、お経をあげて、清めの儀式を行ないます。もちろん、バリ中で同じことをやります。
ニュピの先日になりますと、各家庭では、いつもよりたくさんのおそなえをします。道路など、家の外にも充分なおそなえをします。そのあと、鍋をたたいたり、クルクルという木の鐘をたたいたりして、家のまわりをぐるぐるとまわります。これを、だいたい、三回くりかえします。これらは、すべて、悪霊を祓うためです。夕方になりますと、村や町という地域単位で「オゴオゴ」というはりぼての大きいな人形を出してきます。日本の祭りで使う山車に似ているものです。しかし、オゴオゴは悪霊の化身として作られますから、どれもが恐ろしい顔をしています。オゴオゴはニュピの日が近づきますと、村をあげて、男たちが作っておきます。費用としては、百万ルピアくらいで作る村もありますし、五百万ルピアもかける村もあります。オゴオゴを作るにあたっては、しきたりがあります。爪も、牙も、髪の毛も、舌べらも、すべて長くし、体を大きくして、恐ろしげに作ることです。オゴオゴは、それぞれの地域を夕方から夜にかけて練り歩きます。みつかどやよつかどにぶつかると、そこでかならず三回回転させます。オゴオゴのあとを、たくさんの人が松明をかざし、鐘をたたいて、つぃて歩きます。それは、悪霊が、大きな音と火を嫌うからです。村によっては、バクチクを鳴らすところもあります。オゴオゴが練り歩く時間は、地域によって違い、村や町の大きさによって、三時間、四時間練り歩きます。オゴオゴは、以前は用が済むと必ず焼かれました。また、それが、しきたりでもありました。ところが、最近になって、ニュピのあとも、しばらくのあいだ、みせものとして村や町の一隅に飾って置かれるようになりました。特に、オゴオゴにコストをかけた地域で、そのようにするところが増えています。また、観光客が増えてからは、オゴオゴがカメラの被写体としての価値を高めているという事情もあるかも知れません。 オゴオゴが練り歩いたあと、たいていは、家に帰って、次の日のために料理をつくります。ニュピの当日は、なにもしてはいけないからです。電気も火も使ってはいけません。

ニュピ当日、バリ島は、静寂に包まれます。道路を走っている車は一台もありません。歩いている人一人もいません。例外は観光客のためのバスです。ホテルから空港、あるいは空港からホテルへというトランスファーだけが、観光客の便宜を考えて、例外的に許されています。
前の日におそなえをたくさんする理由は、ニュピ当日は、おそなえができないからです。そして、そのために、悪霊が活動してはこまるからです。 
ニュピの日はなんにもしてはいけないといいますたが、最近では、この決まりに従わない人も、ときに、います。「チキアン」と呼ぶギャンブルをやっている人もいますし、隣の家に遊びに行く人もいます。これも、時代の流れかもしれません。 
パガル ウェシ
(Pagerwesi)
バリ暦のカレンダーに基づき6ヵ月ごとに行われる Sang Hyang Ciwaの神を供養します この世のバランスと人類の繁栄に祈りを捧げてくださっている神へ感謝する日
トゥンプック ワヤン
(Tumpek Wayang) 
バリ暦のカレンダーに基づき210日ごとに行われます Wayangとは影絵芝居のことで、この日には影絵芝居に使われる人形を清める日
サラスワティ(Saraswati) バリ暦のカレンダーに基づき210日ごとに行われます サラスワティは 人間に安全・健康・知恵・勉学を与えて頂いた神々へ感謝する日 神々への供え物をつくり 書物などにお供えをして感謝の儀礼を行う 各学校では生徒も教師も正装し 全ての書物を祭壇で清めます 次の日には川や海で体を洗い 頭の中も清めます
ガルンガン・クニンガン
(Galungan・Kuningan)








ガルンガン / クニンガン     GALUNGAN / KUNINGAN
 「ガルンガン」と「クニンガン」は一対になっています。「ガルンガン」は天国にいる祖先の霊が神とともに家に戻ってくる日です。「クニンガン」は霊が天国に戻る日です。日本の「お盆」と、よく似ています。違うのは、二百十日に一度めぐってくるということで、一年に二度ある年と、一度しかない年があります。
「ガルンガン」は「ガラ」という言葉と「ルンガン」という言葉からできていまして、あわせて「よい時」あるいは「よい機会」という意味になります。
バリ島では、ガルンガンは三日間、クニンガンは一日、お休みとなります。
ガルンガンが近づきますと、家族総出で準備をします。女は、お備えづくりに追われ、お菓子を作ります。いっぽう、男は屠殺をします。豚、鶏、アヒルなどを殺して、サテを作ります。また、動物の血を混ぜた「ラワール」というバリ料理の準備もします。屠殺するときは、まず、ナイフで喉元を切り、かならず血をとります。血は料理に使うだけでなく、いけにえとして、悪霊にも捧げられます。家のまえにペンジョールという竹竿を立てますが、これは祖先の霊が間違わずに帰ってこれるようにとの配慮です。
 
ガルンガンの前日か当日には、故郷を離れて生活しているひとが、家族を連れて、三々五々帰ってきます。ガルンガンの当日になりますと、家族みなが集まって、まず内寺でお祈りをします。そのあと、村の寺院に行って、ふたたびお祈りをします。三日間の休みの使い方ですが、やるべきことを全部やり終えますと、たいていは、タナロットとか、キンタマーニ、ブドゥグルなどの観光地に行きます。一般のバリ人は、そういうところに、ふだん、行く機会があまりないからです。観光地に行かない人は、長く会っていない友達を訪ねたりします。また、男たちは、シャモを闘わす闘鶏を楽しみます。
  
ガルンガンの日から、ちょうど十日後に、クニンガンの日がやってきます。祖先の霊が神とともに、天国に帰っていく日です。この日も、ガルンガンの日と同じように、おそなえや料理を用意します。内寺でのお祈りも、寺院でのお祈りも、ガルンガンの日と同じです。
 
カジェン クリオン
(Kajeng Kliwon)
この日は、悪霊に生活の邪魔をされない事を祈ってお供えをします 15日ごとにある
プルナマとティレムン
(Purnama満月とTirem新月)
満月と新月の日にお供え物をして祭ります